ウーツー(CDレビューア)

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このところ、気分のUP・DOWNが激しくて、エネルギーを使いすぎてしまったせいだろか、今朝起きたときぐったりしていた

 このところ、気分のUP・DOWNが激しくて、エネルギーを使いすぎてしまったせいだろか、今朝起きたとき、ぐったりしていた。

 朝刊を見たら、一面トップ記事に「扶養控除 国・地方とも廃止」で来たか増税! 扶養ひとりあたり、38万円(所得税)、33万円(住民税)が、課税所得から控除されなくなる低所得者増税だ。これまで非課税だったひとが、収入が減る一方なのに課税されて、生活がさらに苦しくなる。

 既に子ども手当てがもらえないことが決まっている生活保護の母子家庭に今月から支給がされている母子加算について、来年も支給されるかどうか決まっていない。

 後期高齢者医療制度の保険料の減免措置も今年までで、来年から元に戻る。

 働か(け)ないひとに厳しいのは自民党の政権時代と同じだ。容赦がない。

 民主党の正体が見えてきた。来年の参議院選挙では民主党と連立を組む野党以外に投票しよう。

 ・・・

 ついに反動が来て、心身共につかれきってしまい、何も意欲がわかない。ブログを書くのもあきらめて、ダビングしておいた「ハリーポッター」の新作を観たが、時間が長くてさらに疲れた。集中力がないせいか、内容もよく理解できなかった。

 夕方になり、レンタルDVDを返しに行ったが、また借りるDVDがなかなか決まらない。結局、100円で一週間レンタルできる旧作のコメディーを借りた。沈んでいるときはコメディーに限る。気楽な映画を観ればいくばくか気分も楽になる。

 駅前のスーパーで木曜発売の女性週刊誌、3冊の気になる記事だけ読んだ。

 接骨院に寄って、昨日と同じく強く指圧してもらった、というよりひじでやってもらった。「強すぎるのでひじが赤くなっちゃいましたよ」と整体師さんが言いながら笑った。

 ・・・

 気落ちしている金曜の夜は寂しい。まるでクリスマスイブにひとりで過ごすときのような寂しさを感じる。夕飯のために母のところに寄る。

「なんで遅く帰ったの?」 母は不機嫌そう。応じる気力がないので黙って、もくもくと食事をした。

 昨日、半額で買ったあじのたたきが出たので、「ぎゃおー」が寄ってきた。「ぎゃおー」は魚がとても好きだ。一日経ったとはいえ、あじは美味しくて、ちょっとうれしくなった。

 ラジオで扶養控除廃止のことを知ったらしく、「寡婦控除も廃止されるの?」といきりたっていた。母は後期高齢者医療制度ができて、最初に預金から自動引き落とされたときから、保険税の値上げと所得控除のこととなるとひとが変わったようになる。ぼくはうっとおしくなって母から顔をそむけた。

 これは大変なことになる予感がした。

 ・・・

 ぼくのすみかに戻ると、クリスマス用に買ったCDの包みが届いていた。正直、クリスマス気分ではなくなったが、米国で売れているそのCDの一枚を聴いたら、なかなかよかった。気分転換になるといいが...

 明日も、あさっても、しばらく今日と同じ気分が続きそうだ。いつ気が晴れるかはそうなってみるまでわからない。









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テーマ:今日のつぶやき。 - ジャンル:日記

長いことブログにコメントを書き込んできたタレントさんの真剣交際の発表にショックを受けてだいぶ経ち、いま思うこと

 ブログに3年以上の長い間、コメントを書き込んできた女性のタレントさんが、結婚を前提の真剣交際の発表をした。突然のことでショックを受けた。

 彼女のブログに書き込みを始めたのは、OCNのトーク番組を観て、好感をもったのがきっかけだ。どことなく素人(しろうと)ぽいのがういういしくて、友達感覚だった。

 でも、しばらくして、彼女がブログで、誕生日とかにもの欲しそうな記事を書いたりしたので、2年目ころから、誕生日にカードを彼女が所属する事務所に送ったりしたのがきっかけで、誕生日やクリスマスにものを送ったりするようになった。

 そうするうちに、彼女のことがひんぱんに気になるようになっていった。

 ・・・

 今年になって彼女のブログの更新頻度が落ちると、彼女のことをとても心配するようになった。他にも書き込みをしている人たちの中に、同じように心配する人がかなりいた。

 でも、そのころ、彼女は彼氏とのお泊りデートを繰り返し、彼氏のプロポーズを受け、彼女の両親に彼氏に合わせたりしていたのを、彼氏のテレビ局へのインタビューで知った。ぼくはそのとき、無用の心配をしていたのだ。"裏切られた"と、思った。同時に"彼女を失ってしまった"、という喪失感が襲(おそ)ってきた。

 ・・・

 それは今でも続いている。ただ、"テレビやネットのことは、所詮、バーチャルなことで作り事にすぎないのだ"、と気付き、今でも、長い時間、ボーッとなることがあるが、彼女のブログに書き込み始めた時分のころに気持ちが戻ってきた。

 里帰りで買ってきた、唯一のみやげのクリスマスカードに、今までとは異なり、少し長めのメッセージを書いて彼女の所属する事務所に送ろうか、なんていう気持ちの余裕も出てきた。

 ・・・

 ほんとは、こんな恥ずかしいことを記事に書く気はなかったんだけれど、画面の向こうに出てくるもうひとりの気になるテレビ局のひとに、怒られたような気がして、とにかく何か書くことにした。

 その人はブログを持っていないので、コメントを書きようもないが、なんだか、ぼくのブログを4年半前から見守ってくれて、真剣に怒ったり褒めたりしてくれるような気がする。ぼくのブログの読者とともに大切なひとだ、バーチャルな存在ではあるけど...

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追記:

 彼女を祝福するかどうかは考えないようにしている。今のぼくは、そこまで考えることができそうにない。ぼくは踏みつけられても、祝福できるような至上な愛を彼女に抱くまでにはなれそうもない。ぼくのは、せいぜい欲か好き、よくて恋どまりだ。








おじさんがお勧めのわさび漬けの店に寄って、みやげを持たせてくれた

やまんなか

 実家の墓参りを終えて、次女の叔母さんの嫁ぎ先の家に寄った後、車で30分ほどかかる用宗より焼津よりの小坂の三女の叔母さんの嫁ぎ先の家に向かう途中、車で母とぼくを乗せて廻ってくれている次男の叔父さんが、ぼくらに土産(みやげ)を持たせたいと言い出し、下るはずの安倍川を上り始めた。

 大河内(おおこうち)村から車で10分ほど行った横山の聖沢川という小川が安倍川と合流するところに、ぽつんと一軒のわさび漬け屋があり、そこに寄った。

 ・・・

おいしそ

わさびづけってこんなにあるの?

 店主によると、「わさび路おざわ」というその店は、裏山で取ったわさびを漬けて、客の求めに応じてその場で加工し売っている。安倍川の流れるふもとのおいしい水を使って作られている。

 「わさび漬」、「わさび味噌」、「わさびのり」、「三杯酢漬」の四種類があり、それぞれ約100gで300~400円で売っている。

 叔父さんがその店を勧める理由はおいしいからもあるが、もともと30年来のつりの趣味をもつ叔父さんが、このあたりで釣りを楽しんでいたのがきっかけで、この店の店主に自分が作った野菜をあげたりして親しいという理由のほうが大きいようだ。

 叔父さんは、「わさび漬」「わさび味噌」「三杯酢漬」をひとつづつ土産に持たせてくれた。

 店主はとてもひとなつこいひとで、デジカメで店の様子を撮っていたら、わさび漬けの見栄えがいいようにと、わざわざ木のテーブルにわさび漬けを並べて、中身が見えるように置いてくれたりしてくれた。

わさびのはな

 店主は、はちに入れたわさびを指差して、「わさびの花って見たことある? 今頃、咲くのは珍しいのよ。くるい咲きじゃないかしら」と、言った。

 昨日、そのわさび漬けを食べてみたが、「わさび味噌」が甘くて美味しかった。味噌が嫌いなひとでも食べれるかも。「三杯酢漬」は漬けてある水がいいのか、とてもすっきりした味がした。

 ・・・

つりばしこわいよ

 わさびが出来上がると、店を後にし、今度は車で安倍川を下りながら、深々と緑の木々で色づいた山々の景色を楽しんだ。

 途中で叔父さんが、「あれが(長谷川)先生の実家だよ」と言った。赤いつり橋で川を渡った先の相淵(あいぶち)の集落に先生の実家がある。

 ぼくが大学生だったころまで、木の板2本の上を揺れながら渡り、度胸試しを従兄弟とした橋の上を、先生たちは荷物をしょって自転車で渡ったものだという。

 今では床の幅が広くなったというつり橋を横目で観ながら、車で小坂の三女の叔母さんの嫁ぎ先の家に急いだ。

たっきゅうびんもやっている?

みせのなまえ


■わさび路 おざわ
所在地/〒421-2307 静岡県静岡市葵区横山1-2-1
TEL/054-293-2319
営業時間/10:00~17:00
定休日/月曜日

記事:
http://test.a-soviva.jp/shop/GRP10/SGP56/PGE3/000241.html









おとといから一泊して、母の実家に母といっしょに墓参りに行ってきた

てっぺんはしょくりんちゅう

 おとといから一泊して、母の実家に母といっしょに墓参りに行ってきた。

 亡くなったのは、母(長女)の3才下の長男にあたる叔父さんの奥さんだ。ぼくからすれば義理の叔母さんにあたる。今年の3月に亡くなった。

 数年前から妄想性の神経症をわずらい、あちこちの病院で診てもらったが原因がなかなかわからず、本人が気をやんで医師不審に陥り、例えば、「かびた餅を食べたのが原因と思うので調べてくれ」と医師に無理に頼んだりしたりして、叔父さんをわずらわせたという。

 ・・・

 今まで実家に行ったときはとても無口だった叔父さんが、ぼくや母に介護のつらさを長々と語ったところによれば、あまり医師をわずらわしたので病院のブラックリストにのり、他の病院でも診察や入院を断られたという。

 やっとのことで診てくれる医者を見つけたものの、入院を断られ、自宅療養を余儀なくされ、叔父さんが面倒をみなくてはならなくなったそうだ。しかし、今度は薬のうち、抗うつ財が効きすぎて、そう状態になったときなどは、車で出かけていって、よく知っている店に行っては車いっぱいになるまで買い込んだりしたという。

 手持ちの金がないときにはつけで買ってきて、後から叔父さんに代金の催促の電話がかかってきたこともあったという。とりわけ、何十万円もする着物を買ってきたときはとても驚いたそうで、店に行って何で売りつけたのかと問いただしたこともあったそうだ。しかし、よく知る店の主人からは、「普通と変わらない人だと思ったので売ってしまった」、と言われて怒ったという。

 叔父さんは「どんなことをするかわからず、神経がまいってしまった」と、言っていた。

 ・・・

 精神科に10年も通院している経験でいえば、抗うつ剤が効きすぎてそう状態になり、気が大きくなる典型的な買い物依存症であり、治療が効かないと思い込んで悩む神経症でもあったように思う。

 今年の4月からは日中預かってくれるデイサービスに通うことも決まり、新たな治療をする予定になった矢先だったという。

 死因は家族が出かけた後に首をくくった自殺で、叔父さんが帰ってきて最初に見つけたそうだ。叔父さんは直後から腰を抜かしてしまい、ずっと呆然となり、息子、娘の三人で葬式をすべて取り仕切ったそうだ。市内に住んでいる叔父さんの兄弟もかけつけて手伝ったそうだ。

 幸い、叔父さんはいつもの野良仕事ができるようになり、見かけは普通に戻っているようで安心したが、亡くなった叔母さんの所業の話を延々と話し続け、母とぼくを車に乗せて母の兄弟の家を回ってくれた叔父さん(次男)が、墓参りに行こうと切り出すまで、話が途切れることはなかった。

 ・・・

 次男の叔父さんの車に乗り、5分ほどの少し山を登ったあたりの安倍川を見下ろす見晴らしのいいところに墓がある。電力会社の送電線がかかる予定だった木を切ったお金で、義理の叔母さんをお墓に入れるのを機に墓石の下に納骨棺(カロート)を作った。墓石も縦長のものが平たい墓石に変わっていた。

 父の墓が高尾にあったのだが、墓も買ってくれなかった父の墓参りをずっとしていなくて、管理人まかせにしていたこともあって、墓参りの要領をすっかり忘れてしまい、母や叔父さんたちの言われるままに墓石に水をかけたり線香に火をつけたり、備える花の水やりをした。

 ひとつ勘違いしていたのは、墓の前では手を合わせて拝まないこと。ここでは縁起(えんぎ)が悪いとされている。

 ・・・

 ついでに、アホウドリ先生こと長谷川博先生の実家のお墓も教えてもらった。かなり前から、先生は妹さんに実家をまかせたので分家になってしまった。

 長谷川先生と母の親戚関係がよくわからなかったのだが、叔父さん(次男)によると、ぼくの母方のおばあちゃんの姉妹が、母の実家のすぐ下にある先生の親の兄弟のいる分家に嫁いだという。

 だから先生の実家の親と、分家に嫁いだおばあちゃんの姉妹は、義理の兄弟ということになるので、長谷川先生は母からすると義理の従兄弟ということになる。

 ただ、先生は子どものころ、ひとつ小さな山を越えた分家に遊びに来て、ふたりの叔父さんと魚を釣ったり、鳥を捕まえたりして遊び、親しかったそうだ。叔父さんたちは今ではずいぶん会っておらず縁遠いようだった。

 ぼくは最近、母とぼく宛に届いた年に一回の「オキノタユウ通信」に今年の講演が3つくらいしか載っていなかったことを話し、叔父さんたちのところにも先生を呼んで欲しいと訴えたら、次男の叔父さんが教頭先生をしている親戚に話してみると言ってくれた。講演が実現するといいなぁ...

 ・・・

 墓参りが終わり、また実家に戻った後、ぼくとはひとつ下の従兄弟(長男)の嫁さんに、中二の娘と小五の息子にそれぞれ2千円、千円のおこずかいを渡すようお願いした。

 実家まで里帰りしたのは従兄弟が結婚して以来始めてだったので、これが最初に直接手渡したおこづかいになった。

 本来、小遣いをあげるほど暮らしは楽ではないが、こういうときは身を削ってでも些少の気遣いくらいはしなくては、と思う。
 
 結局、母の実家には2時間くらいおじゃまになってしまったので、次男の叔父さんに促されて、次の叔母さん(長女)の家に向かうため実家を後にした。









昨日、金属製の棚をもらったので、紙袋に入れて平積みにしてあった新聞を棚に置くことにした

 昨日、金属製の棚をもらったので、紙袋に入れて平積みにしてあった新聞を棚に置くことにした。

 今まで、新聞は月ごとに袋に入れておいたのだが、無作為にあちこちに積んで置いていたので、どこに調べたい新聞があるのか探しづらく、一、二ヶ月前の新聞以外はほとんど活用してなかった。

 今まで直近は行っていたが、今回は全ての新聞袋に何年何月、新聞名の略称を書き、見えるようにしたことで、探しやすくなった。

 3段の棚に入れられるのは、新聞袋12袋分で一年分に過ぎないが、直近の一年分を棚に入れて、それ以前の新聞は一年分ごとに平積みにして、おけるスペースがない新聞は思い切って捨てることにした。

 ・・・

 実際にとりかかってみると、取っておいたビニール袋やらゴミ袋やらに新聞袋が混じっていたので、片付けがなかばにさしかかると、部屋中が一面ごちゃごちゃになり気が遠くなった。新聞袋が重いので、いくつも動かすとかなり体力を使う。

 一番困ったのは捨てる新聞選び。2005、6年の日経や2006、7年の毎日、朝日を思い切って捨てようと最初は思っていたが、2005年10月の日経の一面に、「三位一体改革、児童手当削減見送り」とかの見出しをみつけ、古い日経を捨てるのを今回は見送ることにした。結局、2007年の朝日、2006年の毎日の5袋分だけ捨てることにした。

 ・・・

 午前中から始めた片付けだったが、時間も気にせずやっていたら、気がつくと4時を過ぎていた。

 作業が終わった後、あたりを見回すと、玄関口の部屋の通り道が少し広くなって、ちょっとうれしくなった。しかし、だいぶ汗をかいたので、シャワーを浴びようと思い、浴室の前で服を脱ぐとき、スペースがせまくなったので不自由を感じた。

 作業が終わり、シャワーを浴びた後、急に疲れがどっとでたのか、のびてしまい、いつの間にか寝てしまった。

 "明日はあちこちが筋肉痛になるな"と思いながら寝たが、今朝起きたら、とりわけ変わったところがなく、少し安堵している。

 念願の新聞の整理もできたし、今後はジャンジャン活用したいが、やはり積んどくだけになりそうな気もする。








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