ウーツー(CDレビューア)

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ドビュッシーに見習う、過去を学びつつもとらわれない、自分の自由な発想を尊重する固い意志

 今年、生誕150年を迎えるドビュッシー(Claudo Debussy(仏)1862-1918)の音楽は、一聴しただけでは良さがわからなくて、ずっと苦手にしてきた。同時代のフランスの作曲家、ラベルやフランクのようわかりやすいメロディーや曲の構成とは違う。

 ドビュッシーが歌曲でよく取り上げた詩人の「ポール・ヴェルレーヌ」(Paul Marie Verlaine(仏)1844-1896)は、『「何よりもまず音楽を」で始まる有名な詩「詩法」(1882年作)で、何ものにも規定されない音楽の不確定な状態を希求した、彼はまず、重さも気取りもなくおぼろげに大気に溶ける「奇数脚」をよしとして、またヴェールに覆われた美しいまなざしのように「定かなもの」と「定かならざるもの」が混じり合う灰色の歌に優れるものはないこと、鮮明な色彩ではなく、そこはかとないニュアンスを求めること、長々しく詳述する「雄弁」を使わず暗示すること、換気することを象徴主義の美学とうたった。』(ドビュッシー/松橋麻利)音楽の友社P.46,47より

 ・・・

 ヴェルレーヌが述べたこの一見とらえどころのない特徴は、とりわけドビュッシーのオーケストラを用いた作品によくみられる。

 パリのコンセルバトワールの学生時代、チャイコフスキーのパトロンの一家のもとで彼の曲を学び、当時、流行していた様々の管弦楽曲をピアノ譜用に編曲したり、自分の曲の特徴とはまったく反対側にあるワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を暗譜するほど学びつつも、彼の潮流に飲み込まれることをかたくなに拒み、過去の作曲家の曲に囚われない自由な自分の発想を展開させることを大切にすることで、他の誰にも真似できない彼独自のスタイルを確立した。

 彼の成功した理由を考えるとき、今の閉塞した世の中を打破する鍵は、彼のように過去に学びつつも、囚われない固い意志を持ち続けることにあるような気もする。

 ・・・

 そんな彼の作品の中でも、とりわけピアノ作品は、彼の作曲の変化の過程が垣間見らえるようで、彼の作曲のスタイルとは別の一面も覗かせる。

 「ドビュッシー:ピアノ名曲集」(UCCP-7092)でのゾルタン・コチシュの演奏は、明晰なフィリップスのデジタル録音も手伝ってか、そんなドビュッシーの一面をはつらつ伝えている。

 CDの最初の曲は、彼のスタイルが確立した「前奏曲集第1巻」(1909)だが、彼の独自の世界に当惑するかもしれない。そんな方には「ベルガマスク組曲(1890-1905)から聴くのをおすすめする。一聴してわかりにくいと思ったドビュッシーの曲も、より若いころはそんなに近寄りがたい人物ではないと感じるだろう。

 インターネットのストリーミングサイト、「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」(NML)では、本CDにも収録している彼の陽気な曲「ゴリウォックのケークウォーク」の聴き比べを特集している。

2012年生誕150年 - ドビュッシー:ゴリヴォッグのケークウォーク聴き倒し

ジャズのもとになったラグタイムをモチーフにして彼らしからぬ曲をいろんな演奏を聴いて楽しむのも一興である。

10月20日記す、

ドビュッシー:ピアノ名曲集ドビュッシー:ピアノ名曲集
(2005/06/22)
コチシュ(ゾルタン)

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テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

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